* A工務店は、Bアパートの一室を借りて住んでいたCさんの依頼を受け、Cさんが住んでいた部屋の壁にあいていた穴をふさぐ修理を行いました。
修理代金は月末に払う約束でした。そのためA工務店は、代金を請求するため、月末にCさんの部屋を訪問しました。ところが、その部屋はもぬけの殻となっていました。A工務店は、慌ててBアパートの大家さんであるDさんに、Cさんの行方を尋ねました。Dさんによると、Cさんは、以前から家賃を滞納しており、ある日突然部屋を出て行方をくらませたとのことでした。
Cさんに修理代金を請求できなくなったA工務店は、誰かに修理代金を請求できないでしょうか。部屋を修理してあげた大家さんのDさんに請求することはできないでしょうか。
* ある契約に基づく給付が契約の相手方以外の第三者の利益となった場合、その第三者に対して利益の返還を求める請求権を転用物訴権(てんようぶつそけん)といいます。
上記の例では、Dさんは修理契約の当事者ではありませんが、大家さんであるので、A工務店が壁を修理したことによる利益を得ています。そこで、A工務店は、転用物訴権に基づいてDさんに何らかの請求をすることが考えられます。
* 転用物訴権については、否定する考え、肯定する考え、一定の条件で肯定する考えがあり、国によって法律が異なっています。日本の民法には、転用物訴権について明示の規定はありませんが、判例は、一定の条件で肯定する立場を採っているものと考えられています。
判例の立場によれば、Cさんは以前から家賃を滞納していることから、経済的余裕がなく、修理代金を支払うのは現実的に不可能と考えられるので、A工務店の転用物訴権に基づくDさんへの請求は認められるものと思われます。
* もっとも、A工務店は代金全額をDさんへ請求できるわけではありません。修理代金にはA工務店の利益なども含まれており、当然Dさんが受けた利益よりも高額となるからです。壁の修理によってDさんが得た利益をいくらと評価するかは、難しい問題です。
* 私が経験した事件は、次のようなものでした。
X工務店(私の依頼者)は、Yの依頼を受け、Yが居住する住宅のリフォーム工事を行いました。当該住宅は、Yの妻であるZが所有する実家で、Yは居候でした。
その後、工事は完成しましたが、Yは工事代金を支払わないまま病死してしまいました。
しかし、相続人であるZは、Yが多額の借金を抱えていたことから、相続を放棄しました。
Zが相続放棄をしていますので、X工務店は、Zにリフォーム工事代金を請求することができません。そこでX工務店は、転用物訴権に基づき、Zに対してリフォーム工事による利益の返還を請求する訴訟を提起しました。
裁判所は、このようなケースでも転用物訴権を認めました。もっとも、請求が認容されたのは、一審では工事代金の1割程度、控訴審では2割強の金額に止まってしまいました。リフォームによる利益を金額で評価する明確な基準はなく、裁判所の判断もまちまちです。